馬鹿になってしまった有権者たちに正しい政治の在り方を分かり易く伝えている風刺映画『パンケーキを毒味する』【ヒロキネマコラム第75回】

 菅政権の1年間を総括し、正しい政治の在り方とメディアの意義を分かり易く解説した映画が、『パンケーキを毒味する』だ。映画は、菅義偉が総理大臣になるまでの経緯から、学術会議任命拒否問題を巡る説明責任、菅政権の汚点を報道しないメディアの意義を問う。

 劇中、「菅義偉が同じ答弁を繰り返す事で国民の政治に対する関心を無くそうとしている」という法政大学の上西充子教授の発言があるが、私はこの発言に「有権者が政治に対して馬鹿になった」という事も付け加えたい。民主党時代から政権交代した2013年から長く続いている安倍・菅政権では、数々の汚職を通じて「正しい政治とは何か」という政治問題が有耶無耶になってきた。汚職に関する答弁で菅義偉はボケ老人の如く同じ回答を繰り返し、汚職の核心を報じようとしたメディアは国から圧力をかけられた。その結果として、有権者たちは政治に対して無関心になり、政治に対する自分の考えを持つ事を止め、政治に対して馬鹿になった。

 よく、「高い発信力」が必要だと言われるが、私は「馬鹿にでも理解できるように分かり易く説明する」事が発信力を高める最も優れた方法だと考えている。有権者が馬鹿になってしまった現代に、この分かり易い風刺映画はうってつけだろう。映画では、菅義偉という人物像を第三者のインタビューを通じて解剖し、菅政権がこれまでやってきた汚職の数々をシニカルなアニメーションを挿入する事で、有権者である観客たちに「正しい政治とは何か」という政治問題を分かり易く伝える努力をしている。映画の公開日は7月30日と監督が指定した日付で、これは解散選挙直前に有権者に映画を観て貰うという狙いがあった。監督は菅政権が終わる前に映画を公開する必要が有ると述べていた(映画パンフレットより)が、奇しくも映画公開後に菅が次期総裁選に出馬しない発表をする事になった。

 この映画を観た観客の中には「菅さんの悪い部分ばかり切り取ったネガキャン映画だ」と不快に思う人も居るだろう。確かに、この映画は菅政権の批判が多く、ふるさと納税の導入や携帯料金値下げを行う等のメリットは「官僚たちの反対を押し切って無理やり導入した」という切り口で一応取り上げているものの、外交政策で不安を抱える野党のデメリットについては一切触れていない。この点について監督は、「この映画は政治ドキュメンタリーではなく政治バラエティ」だという回答をしている(映画パンフレットより)。だが、4000万円もの税金を無駄遣いし、自殺者も出てしまった公文書改ざん問題を有耶無耶にし、更にその核心を報道しようとしたメディアや記者に圧力をかけていたという民主主義を冒涜した事実は、本来伝えられなければならない内容のはずである。

 私がこの映画で最も印象的だったのが、元朝日新聞記者鮫島浩が言った「安倍・菅政権は仕返し政権だ」というワードだ。つまり、自分たちが国のトップだから好き放題やれる、トップになることで国公立大出身の官僚たちを見返してやろうという思想が安倍・菅政権の背景にあるという事だ。ドキュメンタリー映画監督の森達也は、「報道の宿命は権力を監視すること」(映画『はりぼて』パンフレットより)と述べている。だが、本来権力を監視すべき役割を担うのはメディアではなく、有権者である国民であるはずである。その役割を果たすべき国民が政治に対して馬鹿になったからこその言及だと思われるが、この映画は菅義偉に対する一方的なネガキャンという性格の裏に、政治的無関心に埋没する国民に対し選挙に向かう前に「もっと政治に興味を持とうよ」と一石を投じようと試みているのも、確かである。

 これは映画の内容に対してではないが、広告面で不満点がある。こういう「政治に興味を持とう」という類の映画は若者にもっと宣伝すべきだったという事だ。私は今月に千葉県のキネマ旬報シアターでこの映画を鑑賞したが、私以外は年寄りばかりで、若い人の姿は無かった。折角ナレーションに古舘寛治(私はTwitterをやっていないので知らないが、Twitterで政治に関する話題を幾度も取り上げているらしい)を起用しているのだから、若者が観に行きたいと思えるようにもう少し宣伝を工夫して欲しかった。

『パンケーキを毒味する』公式サイト:https://www.pancake-movie.com/

(HIROKI)